都市圏で働いている友人や知り合いが多い。
仕事をしながら副業を続け、休日にはカンファレンスやイベントへ参加する。
趣味や友人関係も大切にしている様子を見ると、仕事と私生活のどちらも充実しているように見える。
一方、私は実家で暮らしながら、地元の大学で職員として働いている。
仕事には誇りを持っているし、今の地域が暮らしにくいわけでもない。
それでも周囲の話を聞くたびに、自分だけが同じ場所に留まっているような感覚になる。
羨ましいのは、都市圏での生活そのものなのだろうか。
周囲だけが先へ進んでいる
友人たちの働き方や休日の過ごし方を見ていると、自分とは違う速度で人生を進んでいるように感じる。
新しい仕事へ移り、仕事の外でも活動し、そこでまた人と知り合っている。
一つの経験が次の機会につながっていく様子は、遠くから見るほどまぶしい。
もちろん、私が見ているのは相手の生活の一部である。
都市圏で暮らす負担も、仕事や人間関係の悩みも、外から見えにくい。
比較する条件が揃っていないことは分かっている。
それでも、比較してしまう気持ちは消えない。
比べるたびに見えてくるのは、実績や収入の差だけではない。
友人たちは、自分より多くの選択肢を持っているように見えるということだ。
今よりも、変わらない未来が怖い
今の暮らしが嫌いなわけではない。
実家で暮らす安心感があり、慣れた地域で働ける。
大学職員という仕事にも、自分なりの誇りがある。
しかし、日々の生活に使えるお金には余裕がなく、県外へ出るだけでも交通費や宿泊費を考える必要がある。
家のことや将来の生活を考えれば、今あるお金を気軽に使うことも難しい。
こうした事情は今日の生活を壊す問題ではないが、重なると、この先も同じ生活が続くように思える。
怖いのは、現在だけではない。
数年後も同じ場所で同じように暮らし、選べるものだけが減っていく未来である。
今の収入が同じでも、数年後には別の仕事へ応募できる、年に何度か県外へ行ける、必要なら一人で暮らせると思えていたなら、感じ方は違ったはずだ。
私を苦しくさせているのは、今の状態から抜ける道が見えないことなのだと思う。
情報の距離と、機会の距離
地方にいても、インターネットを通じて新しい情報は得られる。
カンファレンスの資料や発表動画も、自宅から見ることができる。
情報を知るだけなら、地域差は小さい。
一方、人と会う機会には今も距離がある。
都市圏で働いていれば仕事帰りに参加できる無料のイベントでも、地方から向かえば交通費と宿泊費がかかる。
平日の夕方に始まるなら、そもそも参加できない。
これは努力だけで埋められる差ではない。
「行動しないから機会がない」のではなく、同じ行動に必要な時間とお金が、住む場所によって違う。
だからこそ、イベントの案内を見るたび、少し落ち込む。
楽しそうだからだけではなく、自分にはその場へ向かう入口がないように感じるからだ。
欲しいのは都市ではなく、選べる状態
では、東京へ移れば満足するのだろうか。
そう言い切ることはできない。
私は今の仕事や地域を捨てたいわけではなく、都市での生活にも別の負担がある。
羨ましく見えるのは、仕事帰りにイベントへ行くこと、新しい人と出会うこと、副業や転職をすることが、日常の延長に置かれている点である。
欲しいのは都市圏という場所より、何かを選ぼうとしたとき、最初から諦めなくてよい状態なのだと思う。
今の場所がよいから、ここにいる。
今の場所を出られないから、ここにいる。
外から見れば、どちらも同じ場所で暮らしている。
だが、意味はまったく異なるだろう。
ほかの道も選べると分かったうえで、今の暮らしを選べたなら、同じ毎日への感じ方も変わるはずだ。
大きな決断の手前にあるもの
これまで、地元に残るか、都市圏へ移るかという二択で考えがちだった。
けれども、仕事だけでなく住む場所まで一度に変える決断は大きい。
お金と将来への不安を抱えた状態では、簡単に選べるものではない。
その大きな決断の前にも、変えられることはある。
移住する前に、一度だけ県外へ出ることはできるかもしれない。
毎回は無理でも、本当に参加したいイベントを一つ選ぶことはできるかもしれない。
ただし、それにもお金がかかる。
行きたい場所を決めるだけでは、今までと同じように日々の出費の後ろへ回ってしまう。
外へ出るためのお金
まず、県外へ出るためのお金を、普段使うお金とは分けてみる。
毎月決まった額を積み立てられるとは限らない。
余裕のない月は、何も残せないかもしれない。
それでも、「余ったら行く」と考えている限り、県外へ出る機会はずっと日々の出費の後ろに回る。
金額の大小よりも、まだ決まっていない将来のために、使い道を一つ確保しておきたい。
毎月の生活で収入を使い切るなら、分けるお金そのものがない。
お金を分けることは、収入の問題を解決しない。
余力がないと分かれば、考えるべきなのは節約ではなく、収入や働き方かもしれない。
余力のある月だけでも先にお金を分け、「残ったら何かをする」という待ち方をやめてみたい。
選択肢と希望
将来が良くなるとは、まだ思えない。
仕事を変えられるのか、実家を出るのか、この地域で暮らし続けるのかも決めていない。
私にとっての希望は、何も心配しなくてよい状態ではない。
今とは違う道も選べると感じられることが、希望なのだろう。
同じ場所で同じ生活を続けていても、まだ選べる道がある。
そう思えれば、今いる場所が「出られない場所」から「今、選んでいる場所」になるはずだ。
その感覚を失わないために、小さな選択肢を一つずつ作っていきたい。