前置き

2026年7月12日、「津幡町eスポーツフェスタ2026 」に参加した。

私が顧問を務める「金沢工業大学eSportsプロジェクト」が出展し、私も引率として参加した。

出展したゲームは、Googleストリートビューの風景から現在地を推測する「GeoGuessr」だ。

イベントに来る人の多くは、津幡町に住む人だろう。
そう考え、今回は津幡町内だけが出題される専用マップを作成した。

体験ブースを設けるだけでなく、ステージでは町職員と町民が対決する企画も行った。

全てが順調に進んだわけではない。
それでも、イベントを終えて私の中に強く残ったのは、失敗への悔しさ以上に、地域とeスポーツを組み合わせることへの可能性だった。

地域を知る人が強い

ステージでは、町職員と町民が津幡町専用マップで対決した。

地域をよく知っているはずの町職員側には、あらかじめハンデを設けていた。
しかし、通信エラーから復旧した際に設定が入れ替わってしまうトラブルがあった。

運営上の反省は残ったが、結果として町職員は全勝した。

そこで、「町職員に勝った人」ではなく、「町職員の体力を最も削った人」を優勝者とした。

地域について知っていることが、そのままゲームの「強さ」になる。
今回の対決では、その様子を目の前で見ることができた。

特に印象に残っているのは、ステージイベントを終えた町職員の方々が、その後、体験ブースへ遊びに来てくれたことだ。

ブースが空いたタイミングで、町職員同士の対決が始まった。

ある町職員の方は、出題された場所をほぼ正確に当て続けていた。
GeoGuessrでいう「5K」、つまり満点を連発するほどの強さだった。

その方からは、地域を知っていることが前提となる人たちのレクリエーションとして、周囲から茶々を入れながら遊ぶと楽しそうだ、という感想もいただいた。

ただ場所を当てるだけではない。

「ここは分かる」
「この道を通ったことがある」

知っている人同士だからこそ生まれる会話も含め、ゲームになっていたのだと思う。

風景から思い出が出てくる

体験ブースでは、小学校低学年くらいの子どもが多く遊んでくれた。

低学年の子どもにとっては、場所を推測する以前にマウス操作が難しい。
ストリートビューを動かす方法を伝えるだけでも時間がかかった。

ゲームを用意すれば、誰もがすぐに参加できるわけではない。
参加者に合わせて、操作を覚えるところから体験を設計する必要がある。

一方で、子どもと一緒に画面を見ている保護者の反応が印象に残った。

ある父親は、画面に表示された風景を見ながら、子どもに「行ったことがある」「ここを通ったことがある」と話していた。

GeoGuessrを地域学習に使うと聞くと、地域の名所や施設を覚える教材を想像するかもしれない。

社会科や地理と組み合わせ、地域の有名な場所を出題する。
学校の近くにある警察署など、生活や安全のために知っておきたい場所をマップへ入れる。

そのような使い方も考えられるだろう。

ただ、今回私が面白いと感じたのは、知識を覚えることだけではなかった。

同じ風景を見た人から、その地域で過ごした経験や思い出が出てくる。

「ここへ行ったことがある」
「この道を通ったことがある」

そのような会話を通じ、子どもは地域を知っていく。
話している大人にとっても、自分と地域との関わりを振り返る時間になる。

ゲームで学習を楽しくする、というだけではない。
ゲームをきっかけに会話が生まれ、その会話自体が学びになっていたのだと思う。

教えるのではなく、学び合う

今回の体験から考えた「教育」は、誰かが正しい知識を一方的に伝えるものとは少し異なる。

親は、家族で訪れた場所を知っている。
町職員は、仕事を通じて地域を知っている。
町民には、そこで生活してきた人としての記憶がある。

子どもが、大人より先に風景の手掛かりを見つけることもあるだろう。

教える人と教わる人を最初から固定するのではない。
その場にいる人が、それぞれの知識や思い出を持ち寄る。

問題が変われば、知っている人も変わる。

町長にもGeoGuessrを体験していただき、教育と組み合わせても面白そうだという話をいただいた。
私も同じ可能性を感じている。

地域を題材にしたGeoGuessrは、地域について教えるための教材であるだけでなく、地域の人たちが互いに学び合う場にもなり得るのではないだろうか。

その結果として、地域をより深く知り、愛着を持つことにもつながるかもしれない。

対戦する意味

GeoGuessrを使った地域学習を、あえて「eスポーツ」として行う意味も考えたい。

日本eスポーツ連合(JeSU) は、eスポーツを、コンピューターゲームやビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称と説明している。

今回の企画にも「対戦」があった。

ただ地域についての説明を聞くのではなく、自分で風景を観察し、手掛かりを探し、場所を考えなければならない。

正解を競うことで、参加者は能動的に地域と向き合う。
間違えることも含めて、楽しく参加できる。

また、スポーツ庁の資料 で引用されているスポーツ基本法の前文では、スポーツは人と人、地域と地域の交流を促し、地域の一体感や活力を育むものとされている。

今回見た光景は、大規模な競技大会とは異なる。
それでも、対戦をきっかけに人が集まり、地域について会話する姿には、スポーツが持つ交流の側面と重なるものがあった。

一方で、ゲームと地域マップを用意するだけでは、対戦イベントは完成しない。

通信エラーへの備え、初心者への操作説明、相手の画面が見えない席の配置など、実際に運営して初めて分かった課題もあった。

参加者の年齢や、交流と競技のどちらを重視するかに応じて、体験する場そのものを設計する必要があるだろう。

続けるために人を集める

eスポーツには、対戦だけでなく、イベントとして人を集められる力がある。

教育的な価値を持つ活動でも、無償の労力だけに支えられていては、継続は難しくなる。

参加者から直接対価を受け取らなくても、人が集まることで活動の価値が伝わり、自治体の予算や企業の協賛につながる可能性がある。

来場者が会場や周辺施設を利用すれば、地域での消費も生まれるだろう。

参加する側にとっては、楽しいからまた遊びたくなる。
運営する側にとっては、人が集まるから、活動を続けるための支援を得やすくなる。

「遊べて学びになる」という特徴には、学びへの入り口を広げるだけでなく、活動を継続させる力もあるのではないかと思う。

楽しいだけでも、学べるだけでもない。
その両方があることに、eスポーツを活用する意味があるのだろう。

終わりに

今回のイベントには、運営面でいくつもの反省が残った。

それでも、イベントを終えたあと、私が目を向けていたのは失敗だけではなかった。

ステージイベントのあとに、町職員同士で対戦していた姿。
父親が子どもと画面を見ながら、地域での経験を話していた姿。

そこでは、ゲームの正解を当てること以上に、地域についての会話が生まれていた。

遊び、競いながら、誰かの思い出を聞く。
自分の知っていることを話す。
そして、自分たちが暮らす地域を少しずつ知っていく。

eスポーツは、地域の学び合いを生み出せるのか。

一度のイベントだけで、答えを出すことはできない。
ただ、まだ試せることはたくさんある。

その可能性に、私は目を輝かせている。