趣味と仕事のどちらにも全力で、という表現がある。
私の友人や知り合いがまさにそうだ。
平日は仕事、休日はカンファレンスやイベント、副業に勤しんでいる。

傍から見ればとても凄い。
仕事柄、学生と話すと「xx先輩とイベントで会った」や「技術系イベントで発表していた、姿を見た」という話を聞く。
働く先輩をロールモデルに、日々の生活を頑張る学生も多い。

周囲と比較し、私自身を下げる話であれば、いくらでも書けてしまうが本題ではない。
素晴らしいロールモデル足りえない、私自身が表現出来ることを書いていこうと思う。

精神的に向上心があれど

夏目漱石の「こころ」で『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』という一文がある。
では、精神的に向上心があればそれでいいのか。それは否だろう。

いくら思いが強くても、外部に表現しなければ辛さになってしまう。
こうやって文字に起こしている私自身が実例だ。
完了していない、途中のタスクが負債となって残るのと同じだと思っている。

仕事で周囲と比較する。比較される。
終わったタスクの改善策が浮かぶ。次があればと思うが、別のタスクで手一杯になる。

精神的に向上心があれど、自分自身が処理しきれなければ日々が苦しくなっていく。
頑張ったとしても、上には上がいる。

自分自身が出来る、と思う2割増で日々頑張るぐらいがいいのだろう。

その二択は正しいか

何かがあると、仕事か趣味かと二択で語られることが多い。
ワーク・ライフ・バランスという話でも、ワークかライフの二択だ。

どちらも程々という生き方でもいいはずだ。
もちろん、立場や役職を高くしたいのであれば、仕事に注力すればよい。
日々の生活を伸び伸び過ごすのであれば、趣味に力を回すだろう。

私はどちらも出来なかった。
力を入れて仕事しなければ、人並みのことができない。
趣味をするといえど、集中力や体力が続かない。

ロールモデルとなる、素晴らしい人々は「どちらも両立」や「仕事と趣味が同じ」という表現を見かける。
私のような凡人は「出来ることを出来るだけ」で手一杯になる。

選択肢を選べる時点で凄いことだろう。
手一杯で「選ばざるを得ない」人は、選んだことをやりきるしか道がないのだ。

スキルも知識もないならば

ロールモデルのような人は、高度なスキルや知識を持っていると思うことが多い。
エンジニアであれば技術力はもちろん、コミュニケーション能力も高いという形だ。

私のスキルや知識は、ロールモデルとなる人々には届かない。
であれば、人間性・人格を丁寧に手入れするしかないのではないか。

他の人よりは劣れど、低い視点だから見えることや寄り添えることだってあるはずだ。