枕元にメモ帳を置いておくとよい、という話がある。 眠りに落ちる直前のひらめきを、朝まで逃さず残すためだ。

ただ、メモ帳に書きつけた言葉は、思い浮かんだものと同じなのだろうか。

私は以前、思考の重ね合わせと技術記事が書けない人間について という記事を書いた。 一つの考えを文章として取り出すと、その周りにあった別の考えが抜け落ちる。 頭の中では確かにつながっていたはずなのに、言葉にした途端、少し違うものになってしまう。

それでも、言葉にしないわけにはいかない。 書き留めなければ他人には伝わらず、未来の自分にも認識されないまま消えていく。

であれば、最初から整った文章を書こうとしなくてもよいのではないか。 フィラーや脱線を含め、とりとめのないまま話してしまえばよい。 現代の枕元には、メモ帳の代わりに音声AIを置ける。

まとまらないまま話す

文章を書こうとすると、最初の一文を考える必要がある。 どこから説明するか、何を残すか、どの順番なら伝わるかを決めなければならない。 ひらめきを残したいだけなのに、その場で小さな編集作業が始まってしまう。

音声AIなら「あの」や「ええと」を挟み、途中で言い直しながら話を続けられる。 本題と関係があるか分からない話へ逸れても、あとから戻ればよい。 書き始めるよりも前の、まだ形の定まっていない思考を外へ出しやすい。

ここで音声AIに求めるのは、考えをきれいにまとめることではない。 まずは録音係として、話した内容を受け止めてもらう。

Markdownを挟んで会話を分ける

ひととおり話し終えたら、音声モード側で次のように依頼する。

今までの会話をMarkdownとして書き起こしてください。

書き起こされた内容は、そのまま読むか、フィラーだけを取り除いて読み返す。 言い直しや矛盾まで整えてしまうと、記録ではなく整理が始まるためだ。

そのMarkdownを別のセッションへ貼り付けるか、ファイルとして添付する。 そこで、あらためて次のように頼む。

上記の内容をもとに、対話しながら整理したいです。

同じ会話の中で整理まで続けないのには、三つの理由がある。 話す時間と整理する時間を分けたいこと、音声でのやりとりに含まれた不要な前提を持ち込みたくないこと、整理に使う文脈を必要な材料へ絞りたいことだ。

役割も変わる。 最初のセッションは録音係である。 次のセッションでは、音声AIと書き起こしを読み返す。 完成した文章を一度で作らせるのではなく、何を残すかは対話しながら決めていく。

言語化によるずれを引き受ける

この手順を踏んでも、最初に抱いていた思いをそのまま保存できるわけではない。 思いは話した時点で言葉になり、書き起こした時点で文章になり、対話した時点で解釈される。 どこまでが自分の思考で、どこからが音声AIの解釈なのかを、完全には区別できない。

だからといって、言語化しなければ思いを損なわずに済むわけでもない。 言葉にならなかった思いは、他人だけでなく未来の自分にも理解できず、存在していたことすら認識されないかもしれない。

整理前の書き起こしを読むのは、元の思考を完全に復元するためではない。 音声AIが示した解釈を現在の自分が読み、それを自分の考えとして受け入れるかを判断するためである。 未来へ渡す内容を選べるのは、今ここにいる自分しかいない。

話し始めるまでを短くする

枕元のメモ帳は、手を伸ばせばすぐ書ける場所にあるから役に立つ。 音声AIも同じで、思いついてから話し始めるまでの操作は少ないほうがよい。

対応するiPhoneなら、アクションボタンとショートカットを使って音声モードを呼び出す方法が考えられる。 もちろん、誰もがiPhoneを使っているわけではない。 ウィジェットやアプリのショートカットなど、端末に合った入口を用意すればよい。

大切なのは特定の端末や起動方法ではなく、考えを整え始める前に話せることである。 メモ帳を開くように音声AIを起動できれば、ひらめきを残すまでの負担を減らせる。

現代の枕元に置くもの

音声AIは、思いを歪めずに保存する道具ではない。 そもそも、言葉にする以上は何かが抜け落ち、何かが付け加わる。

それでも、とりとめのない話を受け止め、書き起こしとして残し、別の対話で整理できる。 アイデアの書き留めから解釈までを支えるという意味で、音声AIは現代の枕元のメモ帳になり得る。

最後に残るのは、ひらめきそのものではない。 現在の自分が、未来の自分へ渡してよいと判断した解釈である。